弁護士と検事 どちらから、という訳でもなく手を伸ばし、相手の身体を腕に抱き込む。 上質でクッションの利いたソファーの上にいたはずなのに、気付くと床の上に転がっていた。 響也の髪が顔や首筋に降り注ぎ、そのくすぐったさに王泥喜が笑う。 手触りが良くて、そりゃもう男にしておくには惜しいと感じさせる金の糸。指を絡めても、するりと逃げていってしまう。 素肌を擽る心地良さを逃がしたくなくて、首の後ろに腕を回して抱き締めた。 されるがままに従った響也の唇が、王泥喜のものと重なったのは偶然のような必然。 体温を遮る服が、少し邪魔だと思ったのは内緒だ。それでも、欲求のままに突き進むには、ちょっとばかし何かが足りなかった。 ふいに褐色の腕が前髪を掻き上げると、牙琉検事は妙に感心したような表情だった。 「…おデコくんて、結構…。」 「結構…?」 オウム返しに質問すると、頬を赤らめて黙ってしまう。 「なんですか? 牙琉検事。」 「いや、その重くないのかなって思って。」 牙琉検事の上半身は完全に王泥喜の上に覆い被さっている。脚がはみ出しているのは身長の差があるからで、彼の体重の殆どが王泥喜に係っているといっても間違いでは無い。それを響也の腰に腕を回して支えている。 「重くないですよ。…ていうか、牙琉検事、意外と着膨れるタイプなんですね。」 「…。」 むっとした表情で黙り込む。身体を起こそうとした響也の後頭部に掌を置いて、慌てて引き戻した。首も腰も無駄な肉ひとつ付いてなくて、外見よりも遙かに華奢な感じがするし、実際細い。 「…別におデブに見えるって言ってる訳じゃあないですよ。」 子供みたいに拗ねた顔に言ってやると、うっすらと目を細めた。 「僕がデブなら、おデコくんは随分着痩せしてる。」 牙琉検事の指が、王泥喜の二の腕の筋を辿るようにゆっくりと滑る。触れている部部ではなく、腰がぞくと震えた。 悪戯めいた響也の瞳に、苦笑が浮かぶ。彼のこんな貌も、ついこの間覚えたところだ。 「知らない事がいっぱいなんです。」 「ん?」 王泥喜は、身体を起こして今度は響也を組み敷いた。 「どうして、留学したんです?」 「どうしてって言われても、理由は色々だよ。」 いきなり何だ?と問い掛ける瞳は怪訝な色を浮かべている。 「おデコくんは、それを今此処で、僕に説明して欲しいのかい?」 ふるりと王泥喜は首を横に振る。 「俺達は同じ気持ちでも、常に証言台を間に挟んで、反対側に座っているから。」 「そりゃあ、検事と弁護士…当然だ。」 「それはわかってます。永遠に距離が縮まる事なんかないし、そんな事が嫌だと思った事もありません。でも、隣にいられる時間が、ほんの僅かだけどあって…。」 瞬く響也の瞳が、何かを思い当てて見開かれた。 「司法修習生の事か。」 司法試験に合格した者が、皆等しく机を並べて学ぶ期間。そこに、検事も弁護士もない。 「そんな風に側にいることも出来たんだなぁと、そう思ったんです。」 告げると、響也はクスクスと笑いだした。 「でも、僕は君よりふたつ歳が上だ。ひょっとして、おデコくんは僕に留年しろとそう言っているのかい?」 「牙琉検事が、そんなベタな事するはずないじゃないですか。誰もそんな事言ってませんよ。」 「おデコくんが、ダブッたとしても有り得ないね。」 「そうそう、ギリギリだったんでって…その口塞ぎますよ。」 ごめん、ごめん。赤い舌がぺろりと唇から見えた。啄ばむような口付けを落してやる。 「牙琉検事と一緒に居たかったって言ってるんですよ。」 出会う事のなかった時の、貴方を知りたいのだ。それまでに逢ってきた人間の誰よりもずっと。 それは、僕も一緒だよ。 響也はそう言うと、王泥喜の頤に指を滑らせた。時間は戻せない。でも… 「これから、なら一緒にいられるだろ?」 たとえ弁護士と検事だったとしても…。 〜fin
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